『容疑者Xの献身』を観てきました

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 東野圭吾原作による直木賞受賞作品『容疑者Xの献身』を映画化したものです。
TVドラマ『ガリレオ』の続編(?)に位置する作品ですが、ドラマを見たことがなくとも違和感なく入り込め、ラストまで緊張感を保つ目の離せない傑作に仕上がっていました。
オレはレンタルを含めて月にだいたい4~6本程度の映画を観ますが、これほど良質のミステリー映画はなかなかお目にかかれない。絶対に観たほうがいい。
以下、ネタバレありの感想です。

 殺人事件を隠蔽する天才数学者石神とアリバイの謎を解き明かさんとする天才物理学者湯川の対決、という構図でストーリーは進むのですが、そこに描かれるのは、石神という人間の生き方の多彩なテーマが絡み合ったドラマでした。

 この映画には通奏低音のように物語の根底にずっと鳴り続けている「4色問題」というキーワードがあります。これは、隣り合った領域を塗り分けるには4色あれば足りるということを証明する定理ですが、学生時代の石神は同大学に通っていた湯川に既存の証明は美しくないと話します。理系で天才と呼ばれる人間だけが持つ美学を、石神と湯川は間違いなく持っていた。この二人でなくては共有できない感覚があったはずです。

 しかし二人はまったく違うタイプの天才でした。少なくとも石神は違うと感じていた。
湯川が冒頭で「愛」は論理ではない。だから「愛」が因果に関係したときの解は誰にもわからない。ゆえに「愛」を考慮することは意味がない。と切って捨てました。これは石神にとってもそうだったのでしょうか? 違います。石神はずっと愛を求めていた。
湯川が石神を友人だと思っていたのに対し石神が自分には友達はいないと断じました。隣り合う分野の物理学者と数学者は同じ色でないのです。

 物語のトリックは易しく、映像の中にヒントは溢れています。違和感を感じる箇所には全て理由があり、回収されない伏線はありません。劇中で石神も言っていますが、ほんの少し見方を変えれば一瞬で全てが氷解するお手本のようなトリックです。
湯川が石神に出した「誰にも解けない問題を作るのとそれを解くのとではどちらがより難しいか? ただし答えは必ず存在するものとする」という問題。"誰にも解けない問題"とは湯川が冒頭で語った「愛」に関するくだりを思わせ、それとともに「数学者は頭の中で論理を組み立てる。物理学者は過程を組み立て事象を観測する」というアプローチの違いが、ラストシーンの悲劇を暗示させるのです。

 物語は論理的に叙情的に事象が絡み合いつつ、ひとつの解答に帰結します。必ず答えは存在するのです。
ラストシーンの石神の慟哭ほど深い絶望を感じさせるものは無い。隣り合うアパートの部屋は同じ色になってはいけない。そうなるように事象を積み上げてきた。
石神にとっての完全に美しい「愛」の解は完成しようとしていました。しかしやはり「愛」が関係したときの因果の解は誰にも解くことはできず、石神の論理の全ては破綻しました。
石神はずっと愛を求めてやまなかった。しかし愛に救われ、愛を育て、愛を受け入れることの代償は、自分の人生そのものともいえる己の美学を捨てることだったのです。

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このページは、マピロが2008年10月23日 19:11に書いたブログ記事です。

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