なぜだか順位が徐々に上がって行った亜城木夢叶。
理由もわからずこういうことが起きたのは、ああ現実もこうなんだろうなと思わせた。フィクションで因果関係のはっきりしない展開は基本的にNGだと思うんだけど、人気投票の順位は水モノでどうなるか誰にもわからないというのが作中でずっと言われていたので、不自然は無い。
サイコーとシュージンはジャンプで連載を勝ち取った嬉しさは一瞬で過ぎ去ってすぐに人気投票の荒波にもまれているわけだけど、順位を下げても上げても「なぜだ!?」って一喜一憂していてなんだか可哀想になってくるな。
シュージンは笑える原作を書けるのか? 「笑い」は学習で身につけられるのか?
これは興味深いテーマ。
オレはできると思うんだけど、環境による気がするな。
笑いの正体は空気だと思ってて、本読んでお笑いの番組を見たからって身につくセンスじゃないんじゃないかなあ。
むしろライブを見て話がオモロイ人のグループにくっついて自分も参加して楽しんでないとにじみ出てこないんじゃあるまいか。
そういう意味では『べしゃり暮らし』はもの凄い覚悟がないと書けない話だよなあ。
お笑いを劇中劇にする、ってそれをやろうと言う時点で森田まさのりの覚悟を感じる。
コンビがブレイクするきっかけになったコントが実際の劇中では寒い、でも観客は爆笑、なんてシーンになったら興ざめもいいとこ。
ギャグマンガでギャグが一回くらいスベってもまあ許されるかもしれない。でもストーリーマンガで登場人物がウケてるシーンは絶対にスベれないシーンだからなあ。
カッコイイ決めセリフもバランスが難しい。中二病的に寒い状態になりがちだと思う。
まあでもギャグセンスよりはある程度テンプレートができちゃってる感じだし、どうやってキャラクターに言わせるかにかかってるような気がします。
「じっちゃんの名にかけて!」とか「真実はいつもひとつ!」とかは言葉だけだとちょっと弱い気がするけど、キャラクターが言うべき時に言うとカッコよく決まる。
もっと古典的に「犯人はこの中にいる!」とかもミステリーでは解決編への呼び水として使うと十分ヒキになる。
うん。
やはり決めセリフとは言葉の内容よりもその言葉を発するシチュエーションをどうやって組み立てるか、だね。
なんのことは無い。基本だった。
これはシュージンならできると思うけど、これ! って決めるのは勇気がいるだろうなあ。それこそ絶対にスベることが許されない類の言葉だからね。
そんな感じでーす。



コメントする